あの日、東大に落ちた私へ③秘密の部屋を手に入れた

夏休みに受けた模試で、初めて志望校に「東大」と書いた。
誰かに見られてないだろうか?
後ろの席から用紙が回収される時もソワソワした。

結果はE判定。
東大志望者の中の順位は下から数えてすぐだった。あと何人抜かす必要があるんだろう。
一つ大きく息を吐いて、現実を受け止める。


夏休みの間、私は土日も含めて文字通り「毎日」学校に行き、黙々と参考書を進めていった。
予備校にはいかなかった。
幸い本を読むのは得意だったから、授業で使っている参考書を読めば理解できた。
特に苦手だった英語は、中学校の参考書からやり直した。

間に合うのか?なんて考えなかった。
1ページずつ、1問ずつ、前に進むしかなかった。

参考書と同じくらい、じわりじわりと日々が過ぎて、
いつしかセミの声は聞こえなくなって、下敷きで仰ぐ回数も減っていった。

夏休みも、あと1日。
明日からも、ここで勉強しよう。


夏休み最終日、また牛込が教室にやってきた。


「明日からどこで勉強するの?」
「ここでやろうと思ってます」


一拍だけ、間をおくと牛込は言った。


「進路指導室の隣、使っていいぞ」


「え?」


思ってもない提案だった。
学校が始まると、放課後いつまでも教室に居座る一団が出てくる。
嫌いな自習室に行くか、その子たちがいなくなるまで教室でやり過ごすか。
夏休みが終わりに近づくに従って、ぼんやりと頭の片隅に存在する心配事だった。


「え、いいんですか?あざっす」


思春期らしく尖っていた私は、ちょっとだけ首を前に突き出して、めちゃくちゃライトにお礼を言った。
感謝を表すことが、まだ上手くできなかった。


牛込が提案したその部屋は、
たくさんの赤本が並んでいて、静かで、暖房があって、誰でも入っていいけど誰も来ない。
ハリーポッターの“秘密の部屋”みたいな場所だった。

一際分厚い“東大”の赤本の背を撫でる。

窓を向いた広い丸机に腰を下ろすと、夏休み初日に、誰もいない教室を見つけた時と同じくらい、落ち着いた。



あの時、牛込先生がなんであの部屋を開けてくれたのかわからない。
多くの生徒が予備校に行く中、教室で黙々と勉強している私を不憫に思ったのかもしれない。

結果的に、受験まで私はそこで勉強をすることになる。
職員室の隣でもあったから、わからない部分をすぐ聞きに行ける点もありがたかった。
「特別扱いだ」と騒ぐ先生や生徒がいなかった面にも感謝している。


古本屋みたいな匂いのする教室に、夏の夕日が斜めに差し込んで、埃がキラキラ輝く。


明日からは、ここで勉強しよう。

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今振り返っても、牛込先生がこの部屋を与えてくれたことには感謝しかありません。
気付けばあの時の牛込先生と、ほぼ同じ年齢になりました。
今、私が同じ立場だとして、同じことができるだろうか。

そんなことを考えるたびに、進路指導室に初めて踏み入れた時の、あの夕日を思い出します。

始めから読みたい方はこちら。
①始まりは魔女の家
②誰もいない教室で

続きは今後更新します。
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