夏休みに受けた模試で、初めて志望校に「東大」と書いた。
誰かに見られてないだろうか?
後ろの席から用紙が回収される時もソワソワした。
結果はE判定。
東大志望者の中の順位は下から数えてすぐだった。あと何人抜かす必要があるんだろう。
一つ大きく息を吐いて、現実を受け止める。
夏休みの間、私は土日も含めて文字通り「毎日」学校に行き、黙々と参考書を進めていった。
予備校にはいかなかった。
幸い本を読むのは得意だったから、授業で使っている参考書を読めば理解できた。
特に苦手だった英語は、中学校の参考書からやり直した。
間に合うのか?なんて考えなかった。
1ページずつ、1問ずつ、前に進むしかなかった。
参考書と同じくらい、じわりじわりと日々が過ぎて、
いつしかセミの声は聞こえなくなって、下敷きで仰ぐ回数も減っていった。
夏休みも、あと1日。
明日からも、ここで勉強しよう。
夏休み最終日、また牛込が教室にやってきた。
「明日からどこで勉強するの?」
「ここでやろうと思ってます」
一拍だけ、間をおくと牛込は言った。
「進路指導室の隣、使っていいぞ」
「え?」
思ってもない提案だった。
学校が始まると、放課後いつまでも教室に居座る一団が出てくる。
嫌いな自習室に行くか、その子たちがいなくなるまで教室でやり過ごすか。
夏休みが終わりに近づくに従って、ぼんやりと頭の片隅に存在する心配事だった。
「え、いいんですか?あざっす」
思春期らしく尖っていた私は、ちょっとだけ首を前に突き出して、めちゃくちゃライトにお礼を言った。
感謝を表すことが、まだ上手くできなかった。
牛込が提案したその部屋は、
たくさんの赤本が並んでいて、静かで、暖房があって、誰でも入っていいけど誰も来ない。
ハリーポッターの“秘密の部屋”みたいな場所だった。
一際分厚い“東大”の赤本の背を撫でる。
窓を向いた広い丸机に腰を下ろすと、夏休み初日に、誰もいない教室を見つけた時と同じくらい、落ち着いた。
あの時、牛込先生がなんであの部屋を開けてくれたのかわからない。
多くの生徒が予備校に行く中、教室で黙々と勉強している私を不憫に思ったのかもしれない。
結果的に、受験まで私はそこで勉強をすることになる。
職員室の隣でもあったから、わからない部分をすぐ聞きに行ける点もありがたかった。
「特別扱いだ」と騒ぐ先生や生徒がいなかった面にも感謝している。
古本屋みたいな匂いのする教室に、夏の夕日が斜めに差し込んで、埃がキラキラ輝く。
明日からは、ここで勉強しよう。
―――――――――――――――――――
今振り返っても、牛込先生がこの部屋を与えてくれたことには感謝しかありません。
気付けばあの時の牛込先生と、ほぼ同じ年齢になりました。
今、私が同じ立場だとして、同じことができるだろうか。
そんなことを考えるたびに、進路指導室に初めて踏み入れた時の、あの夕日を思い出します。
始めから読みたい方はこちら。
①始まりは魔女の家
②誰もいない教室で
続きは今後更新します。
★更新情報はXで→ サナ






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